たとえ話で理解する量子の世界 (new)

初めて量子論を学ぶ人に知ってもらいたいこと

「量子の世界」は、我々が日常生活を送っている世界(これを「巨視的世界」と呼ぶことがあります)と比べるとはるかにはるかに小さい極微の世界です。にもかかわらず、「量子の世界」は、我々の眼前に広がる「巨視的世界」の現実に深く結びついています。

問題は、この「量子の世界」を、我々は直接触ることはもちろん、見ることも聞くこともできないということです。そればかりか、量子は、我々の感覚的直感だけではなく理論的直感にも反した振る舞いをします。その理由は明確で、我々の感覚や直感・認識能力は、「量子の世界」の認識ではなく、「巨視的世界」の感覚・認識に最適なように進化してきたからです。

それでは、感覚的な直感や常識的な推察が役に立たないとしたら、「量子の世界」を知るためにはどうしたらいいのでしょう? おそらく唯一の有効な方法は、数学的理論に基づいた量子の世界のモデルを作ることです。幸いなことに、20世紀に構築された「量子の世界」の物理モデル「量子論」は、大きな成功を収めました。

意外に思われるかもしれませんが、この「量子論」の依拠する数学は、少なくとも、もっとも基本的な「量子論」の原理に関わる数学は、決して難しいものではありません。高校で習う数学をほんの少し延長したものです。「マルレク」では、ワンステップずつ丁寧に「量子論」の基礎を説明したいと考えています。

しかし、今回の講座では、数学の話はほとんど出てきません。「量子の世界」を知るのに数学を利用するための準備を、数学を使わないでしようと思っています。数学の代わりに、ここでは多くの「たとえ話」を使おうと思います。

音声プレーヤで、音声で話を聞くことができます。

「量子の状態」のたとえ話

温度や体重・身長といった物理的な状態は、一つの数字で表すことができます。
一つの数字で表すことの最も単純な例は、bit という考え方です。それは、0か1の値しか取りません。どちらの値をとったとしても、bitが一つの数字で表されることには、変わりはありません。

ところで、一つの状態なのに、それを表すのに二つの数字が必要な状態があります。たとえば、GPSで表される位置の情報は、北緯と東経という二つの数字で表されています。真南に進めば、北緯の数字は変わりますが東経の数字は変わりません。真西に進めば、北緯の数字は変わりませんが東経の数字は変わります。このように二つの数字がお互いに無関係に変化できるとき、二つの数字は「独立」だといいます。

最も単純な量子を「量子ビット」qubit と呼ぶのですが、このqubitの状態は、二つの数字で表されます。それは、地図上の位置と同じです。qubitの場合、それを二つの状態の「重ね合わせ」ということがあります。「重ね合わせ」の状態というのは、状態が二つ(以上)の数字で表されるということです。

数学では、一つの数字で表される量を「スカラー」と言います。また、二つ以上の数字で表される量を「ベクトル」といいます。

「量子の状態の観測」のたとえ話

量子の世界での「観測」の話です。

量子bit=qubitの状態は、二つの数字で表されるという話をしました。それを二つの状態の「重ね合わせ」と言います。それが、qubitの状態の大きな特徴です。(といっても、特に奇妙と考える必要はないと思います。「位置」もおなじく、北緯と東経の「重ね合わせ」です)

ところが、qubitの「観測」を行った途端に、「重ね合わせ」の状態は消失してしまうのです。これは、奇妙なことです。GPSで位置を知ろうと思ったら、一つの数字しか返ってこなかったら困ります。

ここでは、次のようなたとえ話を考えましょう。

現在、アメリカ人がどの大統領候補を支持しているかという「状態」を考えてみましょう。現時点に限れば、それは一つの「状態」です。それは、共和党候補支持と民主党候補支持の「重ね合わせ」だと考えることができます。

この例で「観測」するというのは、具体的には、一人ひとりのアメリカ人に、どの候補を支持しているかを聞くことです。そうしてみると、目の前にいるアメリカ人は、どちらかの候補を支持していることがわかります。そこでは「重ね合わせ」は、消えています。

裏か表か -- コインと同じ量子の状態

0と1の状態が、完全に同じ割合で重ね合わされているqubitの状態Hを考えましょう。

このqubitの状態Hを観測するたびに、0または1の値が返ってきます。一見なんのルールもなしにランダムに0と1の値が返ってくるように見えるのですが、この観測をずっと続けると、0が現れる確率と、1が現れる確率は、限りなく等しいものになっていきます。

それは、コインを投げて裏が出るか表が出るかを決めるのと一緒です。こうしたqubitの状態Hを、「量子コイン」と呼ぶことがあります。

「数」にもいろいろある

状態を表すのに、数字一個が必要か数字二個が必要かという話をしてきました。最も単純な量子の状態を表すqubitは、二つの数字で表されます。

ところで、数字といってもいろいろあります。自然数、整数、有理数、実数。さらにそれを拡大した複素数。実は、qubitの状態を表す二つの数字は、複素数なのです。量子の世界は、複素数の世界なのです。

一方、私たちが日常の世界で観測できる数字は、実数だけです。しかも、「彼の体重は、マイナス50kg」とか「明日雨が降る確率はマイナス50%」というのが、意味不明なように、実際に観測される数字は、正の実数でないと、状態の観測量としては、意味を持ちません。

観測の「確率」はどこからでてくるのか?

量子の世界は、複素数の世界です。最も単純な量子の状態であるqubitも、二つの複素数で特徴付けられます。一方、我々が日常の世界で目にする状態を表す数字は、実数です。しかも、0または正の(非負)の実数です。

ここでは、一つの複素数αを、非負の実数に対応づける一つの方法を紹介します。

複素数αは、実数a, b と虚数 iを用いて、次のように表すことができます。

$$α = a + bi$$

 αと「共役」な複素数\(α^*\) を次のように表します。

$$α^* = a - bi$$

このとき、$$αα^* = (a+bi)(a-bi) = a^2+b^2$$    となって、非負の実数になります。

すこし、まとめておきましょう

これまでの話を、いったん、まとめておきましょう。

  • 量子ビットの状態は、一つの数字ではなく二つの数字で表される
  • なぜ二つかというと、量子ビットの状態は、0の状態と1の状態の「重ね合わせ」だからである。
  • 量子ビットを「観測」すると、「重ね合わせ」の状態は失われて、0または1いずれかの状態、すなわち、普通のビットが観測される。
  • 一回の観測では、0か1しか返ってこないのだが、繰り返し観測すれば、0が観測される確率と1が観測される確率は一定の値に近づいていく。これが、元の量子ビットの0の状態と1の状態の「重ね合わせ」の情報を与えると考えることができる。

今回は、それを式で表現してみます。

  • 「重ね合わせ」の「0らしさ」を表す数字を α とします。
  • 「重ね合わせ」の「1らしさ」を表す数字を β とします。
  • 「0の状態」を |0>  (「0 ケット」と読みます)で表します。
  • 「1の状態」を |1>  (「1 ケット」と読みます)で表します。

この時、量子ビットの状態は、二つの数字αとβを用いて、次の式で表されます。

$$α|0> + β|1>$$

α, β は複素数なので、0と1が観測される確率を導くのは、すこし手間がかかるのですが、α, βと「共役」な複素数を \(α^*,β^* \) とすると、
この量子ビットで、0が観測される確率は、$$α^*α$$この量子ビットで、0が観測される確率は、$$β^*β$$
になります。

この α, β を「確率振幅」と言います。

講演ビデオ

第一話 「量子の『状態』について」

第二話 「量子の『状態』の観測について」

第三話 「図形で理解する数の世界の拡大」

講演資料 「たとえ話で理解する量子の世界」 (ダウンロード)

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