講演資料


講義資料スライドの表紙

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全体概要

本セミナー「人工知能の歴史を振り返る」は、2012年のディープラーニング・ブームから約5年が経過した時点(2017年)において、「人工知能には今、何ができて、何ができないのか?」「人工知能はこれからどのように発展するのか?」という問いを中心に据えた講義です [p.6]

講師・丸山不二夫氏は、現在の到達点を知り未来を予測するために「歴史を振り返ること」が最も有効であると主張し、20世紀の人工知能研究の多様な試みを丁寧に辿りながら、21世紀の技術的現在地を俯瞰する構成をとっています [p.6], [p.7]

セミナーが一貫して問い続けるのは、機械の知性の問題が、結局のところ「人間の知性とは何か」という問いへと折り返されるという視点です。人工知能を作るのは人間であり、機械の限界は人間の理解の限界を精確に映し出しているという立場が、全編を通じた哲学的基盤となっています [p.8]

歴史的には、TuringとChomskyという二人の巨人の問題提起に始まり、Simonの楽観的予言とその失敗、Perceptronの誕生と限界、Expert Systemの隆盛、PDP/Connectionismの台頭という20世紀の紆余曲折を丹念に追います [p.9]。21世紀に入ると、大規模分散システムと検索技術の成立、Schema.orgに代表される知識表現の試み、そしてDeep Learningによるパラダイム・シフトへと議論は進みます [p.10]

未来展望のパートでは、人工知能技術の課題を「感覚・運動的外界の把握」「言語能力による認識の飛躍」「文字による知識の集積」「数学的・科学的な自然認識」という人間の認識能力の階層に対応させて整理します。現在の人工知能が攻めあぐねているのは、まさに言語の意味理解と論理的推論という、人間認識の二つの大きな飛躍に対応する部分であるという結論に至ります [p.265], [p.269], [p.270]

セミナー全体を通じた最も重要なメッセージは、「人工知能研究の弱い環を直ちに埋めることは容易ではないかもしれないが、それはペシミスティックな展望ではない。研究すべき多くの課題があることは、むしろ好ましいことだ」という、積極的な知的楽観主義です [p.257]


講義のロードマップ


■ Part 0: はじめに――なぜ歴史を振り返るのか

  • この部の核心:

2012年のディープラーニング・ブームを起点として、AI技術が社会的な関心を集める現在、メディアの情報には不正確なものも多い [p.6]。現在地を正確に把握し未来を予測するためには歴史的視座が不可欠であるという問題意識を提示します。同時に、人工知能の限界は人間の知能の到達点を指し示すものであり、機械への問いは人間への問いへと折り返されるという本講義全体の哲学的立場を宣言します [p.8]

  • 論理展開:
  • ディープラーニング・ブームの到来(2012年)から5年という時間的文脈の設定 [p.6]
  • PerceptronからPDP/Connectionismを経てDeep Learningへという技術的系譜の確認 [p.7]
  • 「人工知能の問題は人間の問題への問い返しである」という本質的命題の提示 [p.8]
  • 言語能力の解明が重要な課題であるという予告 [p.8]


■ Part I: 20世紀(過去)

  • この部の核心:

20世紀の人工知能研究史を、TuringとChomskyの問題提起に始まり、Simonの楽観論の挫折、Perceptronの誕生と限界、論理的推論の機械化、懐疑論の台頭、Frame理論、Expert System、PDP/Connectionismへと辿ります。成功と失敗の繰り返しの中に、21世紀の技術へと引き継がれる問題意識の萌芽が確認されます [p.9], [p.11]

  • 論理展開:

TuringとChomsky [p.12], [p.33]

  • Turing(1950)が「機械は考えることができるか」という問いを最初に提起し、「チューリング・テスト」を判定基準として提案したことを解説します [p.14]。デカルトが同様の基準を用いながら全く逆の結論(機械に人間の模倣は不可能)を導いた事実との対比が鋭い [p.17]
  • Turingは「今世紀の終わりには機械の思考について語ることができるようになる」と予言し、その見通しは基本的に妥当であったと評価されます [p.20], [p.21]
  • Chomsky(1955, 1956, 1957)は、論理実証主義的な言語アプローチを批判し、有限状態マシンでは英文法を記述できないことを示したうえで、「生成変形文法」という形式的枠組みを提案します [p.23], [p.26], [p.30]。SyntaxとSemanticsの独立性("Colorless green ideas sleep furiously."の例)が印象的です [p.30], [p.31]
  • Bar-Hillelによる機械翻訳の不可能性の論証("pen"の多義性問題)も紹介されます [p.33]

Simonの楽観論 [p.34], [p.43]

  • Simon(1957)は「10年以内にコンピューターがチェス世界チャンピオンになる」等の予言を行いましたが、ことごとく外れました(チェスでの実現はDeep Blueによる1997年) [p.36], [p.37], [p.38]
  • 自動証明プログラムLT(Logical Theorist)は命題論理の52定理のうち38を証明しましたが、簡単な命題さえ証明できない脆弱性を持ち、「組み合わせ爆発」という本質的困難を露呈しました [p.40], [p.43]
  • GPS(General Problem Solver)とEPAMへの拡張は、経験主義的アプローチの限界を示すものでした [p.41], [p.42]

数学でのコンピューターの利用 [p.45], [p.53]

  • 「四色問題」のAppel & Hakenによるコンピューター解決(1974年、計算時間1,200時間)と、Gonthierによる証明支援システムCoqを用いた再証明(2004年)が紹介されます [p.46], [p.47]
  • 重要な示唆として「機械に何ができるか」ではなく「機械と人間で何ができるか」という問いの枠組みが提示されます [p.54]

Perceptron [p.55], [p.67]

  • Rosenblatt(1958)のパーセプトロンは、学習能力を持つニューラルネットワークの原型として1960年代にブームを引き起こしましたが、Minsky & Papert(1969)によって「線形分離可能なパターンしか学習できない」という限界を指摘され下火となりました [p.57], [p.58], [p.62]
  • 福島邦彦によるCognitron(1975)・Neocognitron(1980)は多層・自己組織化ネットワークの先駆けであり、Hubel & Wieselの視覚野研究(1959年)からの影響が明示されます [p.64], [p.65], [p.66]

論理的推論の機械での実行 [p.70], [p.74]

  • Robinson(1965)のResolution Principleは、ただ一つの推論規則による一階述語論理の完全な記述を実現し、LTの限界を克服しました [p.72]。この手法は後のProlog、GHC、COQ、AGDAの基礎となります [p.70]

人工知能に対する懐疑論 [p.75], [p.78]

  • 70年代には懐疑論が広がり、石田晴久による全否定的論評(1972年)が紹介されます [p.77]
  • Hofstadterの「テスラーの定理」(「人工知能とは、いまだなされていない事すべてである」)が、AI研究の本質的皮肉を鋭く突いています [p.78]

Minsky Frame理論 [p.79], [p.87]

  • Minsky(1974)のFrame理論は、知識をスロットを持つネットワーク状データ構造で表現する枠組みで、ルール・ベースのアプローチの源流となりました [p.80], [p.81]。論理的推論ベースのアプローチへの内在的批判も含まれています [p.87]

Expert System [p.88], [p.110]

  • 1970年代に始まり1980年代に商業的成功を収めたExpert Systemは、知識ベースと推論エンジンの組み合わせによる専門家知識の再現を目指しました。代表例としてMYCIN(感染症診断)が詳述されます [p.90], [p.91]
  • 日本の「第五世代コンピュータ・プロジェクト」(1982年スタート、11年間で約540億円投資)も同系列の取り組みとして紹介され、上田和紀のGHC/KL1が言及されます [p.102], [p.104], [p.110]

PDP/Connectionism [p.111], [p.119]

  • Rumelhart et al.(1986)の「並列分散処理(PDP)」は、人間の脳内処理の抽象化としてのニューラルネットワーク・モデルを提示し、ルール・ベースとは根本的に異なる学習パラダイムを確立しました [p.112], [p.113]
  • Computationalism(シンボル操作)対Connectionism(ニューロンの結合による学習)という対立軸が整理され、コネクショニズムが「思考の言語」という概念を放棄する点が強調されます [p.117], [p.118], [p.119]


■ Part II: 21世紀(現在)

  • この部の核心:

21世紀のIT技術を特徴づける大規模分散システムと検索技術の成立を基盤として、知識表現の試み(Semantic Web, Schema.org)、言語学の新展開(Chomskyのミニマリスト・プログラム)、そして2012年を起点とするDeep Learningのパラダイム・シフトまでを論じます [p.120], [p.121]

  • 論理展開:

大規模分散システムと検索技術 [p.121], [p.154]

  • Berners-LeeのSemantic Web構想(2001年)は、WebのHypertext構造を知識表現に活用しようという試みで、RDFによるTriplet(主語・述語・目的語)とOntologyの概念を導入しました [p.122], [p.124], [p.125]
  • Schema.org(2011年)はGoogle, Microsoft, Yahoo, Yandexが共同で推進するEntity Modelで、1000万以上のサイトが利用していますが、Word.netと比較すると情報量の面で劣ることが指摘されます [p.132], [p.133], [p.146], [p.150]
  • Larry Pageは「人工知能はGoogleの最終バージョンになる」と述べ、検索技術と人工知能の不可分な関係を明言しています [p.128]。Google Knowledge Graph(2012年)やIBM Watson(2011年)も重要なマイルストーンとして位置づけられます [p.129], [p.131]

言語学の新しい展開 [p.155], [p.175]

  • Chomskyのミニマリスト・プログラム(1995年〜)は、言語能力を感覚-運動インターフェースと概念-思考インターフェースを持つ計算システムとして捉え直します [p.157], [p.158], [p.164]
  • 中核的な操作である"Merge"(帰納的に構造を生成する操作)によって、有限の規則から無限の表現が生成されます [p.165]。普遍文法(UG)はFLの初期状態の理論として再解釈されます [p.161]
  • ボトムアップからのアプローチは機械による言語能力の実装に近づく可能性を持ちますが、そうした計算システムの実装は大きく遅れているという現実も率直に述べられています [p.159]

Deep Learning [p.178], [p.203]

  • 2010年のIEEEの「AIの殿堂」にDeep Learningの開拓者が一人も含まれていなかった事実が、2012年以降の急激なパラダイム・シフトの劇的さを物語ります [p.179], [p.182]
  • 2012年の三つの出来事:①Google DistBeliefによる教師なし学習(ネコ・人間顔の認識)、②ImageNetコンテストでのAlexNetの圧勝、③音声認識へのDeep Learning適用(Hinton et al.)が、現代AI技術の転換点として詳述されます [p.183], [p.185], [p.186]
  • Googleのニューラル機械翻訳(2016年)は従来比58%〜87%の改善を達成 [p.197], [p.198]。DNC(Differentiable Neural Computer, 2016年)は論理的推論という新領域への挑戦として紹介されます [p.201]


■ Part III: 未来展望

  • この部の核心:

「Realとは電気信号に過ぎない」という誤った認識論への批判から始まり、人間の感覚能力の外的拡大(望遠鏡からLIGO・CERNまで)と数学的認識能力という人間固有の二つの能力を論じます。そのうえで、人間の認識能力の発展の階層に対応した人工知能技術の現在地を整理し、言語能力の解明と数学的推論能力の実装という二つの大きな課題を人工知能研究の未来の核心として提示します [p.205], [p.257]

  • 論理展開:
  • 「Realとは脳によって解釈された電気信号に過ぎない」(2015年f8)という認識像を批判し、それは錯覚という現象しか説明できず、人間の認識の本質を説明していないと指摘します [p.206], [p.211], [p.212]
  • 顕微鏡・望遠鏡・LIGO・加速器(CERN)等は人間の感覚能力の外的拡大であり、機械の助けなしには不可能であった集団的・社会的な認識能力の拡張です [p.213], [p.215], [p.239], [p.241], [p.242]
  • 数学的認識(バビロニア数学、ピタゴラス、アルキメデス、科学革命、ニュートン〜アインシュタインへの連鎖)は、言語能力を基礎としながらも還元できない独自の累積的知の体系です [p.247], [p.248], [p.253], [p.254]
  • 人間の認識の発展の階層(感覚・運動的把握→言語能力→文字による集積→数学的・科学的認識)と対応するAI技術(画像認識・自動運転→音声認識・機械翻訳→Knowledge Graph・検索→機械学習・統計的解析)の整理が本講義の総括となります [p.258], [p.263], [p.264]
  • 現在の人工知能が最も攻めあぐねているのは「言語の意味理解」と「論理的推論」という二領域であり [p.270]、言語研究者とAI研究者の協力、そしてCoq/AGDAのような証明支援システムを通じた人間と機械の「共生」が、最も示唆的な未来像として提示されます [p.271]