エンタングルメントで理解する量子の世界
2022年度のノーベル物理学賞について
2022年のノーベル物理学賞は、アラン・アスペ、ジョン・クラウザー、アントン・ツァイリンガーの三人に与えられました。三人は、いずれも「エンタングルメント」にかかわる実証的な実験の分野で大きな仕事をしてきた人たちです。三人のノーベル賞受賞をきっかけに、「エンタングルメント」に対する関心が多くの人の間で高まることを期待しています。
三人の仕事については、次のMaruLaboのコンテンツに詳しい説明があります。参照ください。
- 「エンタングルメントで理解する量子の世界」https://www.marulabo.net/docs/entangle-talk/
- 「量子テレポーテーション入門 -- 量子ゲートで学ぶエンタングルメント」https://www.marulabo.net/docs/teleportation-2
- 「CHSHゲーム入門 -- nonlocal game とInteractive Proof」https://www.marulabo.net/docs/nonlocal-game/
MaruLaboでは、「エンタングルメント」が21世紀の技術と科学の発展で中心的な役割を果たすと考えています。
次のページを参照ください。
このセミナーは、「エンタングルメントを、できるだけ多くの人に理解してもらうこと」を目標にしています。ゆっくり取り組んでいただければ、きっと得るものがあると考えています。
セミナー概要
エンタングルメントは、現代では、量子の世界のもっとも基本的な現象だと考えられています。アインシュタインが今から80年以上前に、量子論の「矛盾」を示すものとして提示したこの現象は、当時の量子論の主流派であったボーアたちからは、黙殺されました。
それが現代では、量子論の重要な「原理」の一つとして扱われているのです。「パラドックス」から「原理」へ。こうした 大物理学者をまきこんだ数奇なドラマも、エンタングルメントをなにか神秘的で奇妙なものだという一般の印象を強めているのかもしれません。
ただ、そういうイメージを払拭したいと僕は考えています。また、それは可能だと考えています。今回のセミナーの目的は、エンタングルメントを、できるだけ多くの人に理解してもらうことです。
主要に、三つの話をします。
第一は、エンタングルメントが起きるメカニズムの説明です。量子が一個だけではエンタングルメントはおこません。しかし、量子が二個集まると、エンタングルメントは簡単に起こり得ます。
それは、二つの量子の状態それ自体を一つの状態として捉えようとすると、単純な把握からこぼれ落ちる状態として自然に生まれてきます。ここでは、二つの独立したシステムを一つのシステムとして捉える「テンソル積」の話をします。
第二は、二つ以上の量子が取る状態は、基本的にはエンタングルした状態と、そうでない状態(「分離可能な状態」と言います)の二つの状態に大きく分かれます。それが古典論と量子論を分かつ大きな違いになります。
今日では、少なくない人が、コンピュータ上で量子ゲートを組み合わせて、量子コンピュータの基本動作のシミレーションをすることが可能なのですが、残念ながら、その多くの場合の例題は、「分離可能な状態」を対象としていて、エンタングルした状態が、量子ゲートとどのような作用をするのか触れていません。今回のセミナーでは、その問題を丁寧に説明して行きたいと思います。
第三に、エンタングルメントの状態が、簡単に起こりうることを解説したいと思います。実は、もっとも基本的なエンタングルメントの状態は、0と1の状態に、たった二つの量子ゲートを作用させるだけで作り出すことができます。
今回のセミナーには、隠れた目標が一つあるのですが、それは、この回路の構成を通じて、エンタングルを含んだ状態の量子回路上での計算を、行列とベクトルの計算を用いずに「暗算」(正確には簡単な「筆算」)で行うやり方をマスターしてもらうことです。
エンタングルメントは、自然界でも量子コンピュータ上でも、いたるところでごく自然に発生しています。エンタングルメントを理解することは、量子の世界を理解する大事なステップだと僕は考えています。その理解は決して難しいものではありません。
初心者はもちろん、一定程度量子論に親しんでいる人にも、なんらかの発見がある話ができたらと考えています。
( 2020/07/26 マルレク基礎 )
講演資料 「エンタングルメントで理解する量子の世界」 ( pdf ダウンロード )
講演ビデオ「エンタングルメントで理解する量子の世界」
各ビデオの目次とチャプターIndexは、末尾の「目次とチャプター Index」をご覧ください。
第一話:エンタングルメントの発見
重力を一般相対性理論で時空の性質として説明することに成功したアインシュタインは、量子論に満足せず、1935年、量子のエンタングルメント(「もつれ合い」)という奇妙な現象を発見する。
「量子もつれ」は、量子のあいだに特別の相関関係が生まれる現象である。アインシュタインは、量子論の矛盾を示すものとして、これに注目した。
ただ、アインシュタインの「隠れた変数」は、1964年Bellによって理論的に否定され、その後、Bellの主張は、1982年Aspectによって実験的に実証された。
「Superposition」が現象としては既に19世紀末に確認され、20世紀に入って量子論の成立とともに理論化が進んだのに対して、「entanglement」が実験的に確証されたのは、20世紀の後半である。
第二話:エンタングルメントという状態はどのようにして生まれるのか?
量子が一個だけではエンタングルメントは起きない。しかし、量子が二個集まった状態を考えると、エンタングルメントは簡単に起きる。
ここでは、独立した二つの状態を一つの状態と考える「テンソル積」の説明を通じて、エンタングルメントの状態がどのように生まれるのかを解説する。ある状態が、もっと単純な状態の「テンソル積」の形で表される
なら、その状態は「分離可能」と呼ぶ。
ある状態が、もっと単純な状態の「テンソル積」の形では表現できないなら、その状態は「分離不可能」と呼ぶ。エンタングルメントは、「分離不可能」な状態である。
それは、数 15 が、3 x 5 と素数の積の形に分解できるのに、数 17 は、こうした分解をもたないのと、少し似ている。
最も単純なエンタングルメントは、単純な二つの量子の状態の「テンソル積」としては表されない状態として自然に生まれてくる。
第三話:量子の状態の変化を量子ゲートで追跡・理解する
量子の状態は、時間と共に、絶え間なく変化している。その変化は、数学的には(物理学的にも)、量子の状態はユニタリ変換に従って変化すると特徴づけられる。
そこでの変換、状態ベクトルに行列をかけるという計算は数学的なものだ。極論すると、そこには時間は必要ない。もちろん、数学では時間を扱えないというつもりはない。ニュートンやシュレディンガーの方程式も、状態の時間的変化を扱うものだ。
ただ、量子の状態の変化を、もう少し具体的に知るために、次のような思考実験をする。ある物理的なデバイスがあって、そのデバイスに量子の状態を「入力」として与えると、一定の物理的時間ののちに、変化した量子の状態がそのデバイスの「出力」に現れるとする。
状態の変化を、数学的計算だけではなく、図形で考えるというこうしたやり方には、システムの中で、量子の状態の変化を、ステップごとに具体的に追いかけることができるというメリットがある。
こうした仮想的(でも物理的な)デバイスを「量子ゲート」という。現代の量子コンピュータではたくさんの量子ゲートが実際に稼働している。もちろん、そうなったのは、この10年くらいの間なのだが。ただ、実際の量子ゲートを持っていなくても、「量子ゲートからなる量子回路の図」を書くことができる。
ここでは、一個あるいは二個のqubitの状態を扱う「量子ゲート」を考える。「なんだ、少ないな」と思うかもしれないが、60個程度のqubitの状態の「計算」でも、地上のどんなスーパー・コンピュータでも追いつかなくなるというのが、昨年のGoogleの実験が示したことだ。
第四話:エンタングルメントを生み出す量子回路
ここでは、エンタングルメントを生み出す量子回路を、具体的に構成する。それはたった二つの量子回路で構成できる。
このことは、エンタングルメントという状態が、特別に奇妙な状態ではなく、ごくありふれたものであることを示している。
資料補足解説
状態のテンソル積のたとえ話
量子の状態のテンソル積
部分的な観測
テンソル積で分離できない状態-- エンタングルメント
Bell State Gate
BellStateGate「エンタングルメント」関連リンク
- エンタングルメントで理解する量子の世界
- 量子テレポーテーション入門 -- 量子ゲートで学ぶエンタングルメント
- CHSHゲーム入門 -- nonlocal game とInteractive Proof」
- エンタングルする自然 / エンタングルする認識 I
- エンタングルする自然 / エンタングルする認識 II
- コンピュータ・サイエンスの現在 — MIP*=RE定理とは何か?–
- MIP*=RE 入門– Interactive Proofとnonlocal ゲーム —
- MaruLabo 「エンタングルメント」関連ページ
講演ビデオ目次とチャプター Index
第一話:「エンタングルメントの発見」の目次
0:00 はじめに
7:30 エンタングルメントの発見
11:16 アインシュタインの発見/ EPRのパラドックス
12:05 一つの式で表される二つの量子の状態
14:09 パラドックスから原理へ/ サスキンドの評価
17:09 量子論の正しさの理論的解明と実験による検証
17:18 1964年 Bellの定理 アインシュタインの「隠れた変数」の否定
18:19 1982年 Aspectの実験
第二話:「エンタングルメントという状態はどのようにして生まれるのか?」の目次
0:00 はじめに
03:24 2-qubitsの状態
05:09 独立した二つの状態を一つの状態と考える/テンソル積
14:15 二つの量子の状態のテンソル積
20:54 3つのqubitからなる状態
21:42 量子の状態のテンソル積の計算例
26:10 2-qubitの状態が、二つの1-qubitの状態のテンソル積で表現できる例
28:11 二つの1-qubitのテンソル積に分解できない状態/エンタングルメント
28:56 1/√2 (|00>+|11>)の場合
29:58 1/√2 (|00>−|11>)の場合
30:04 1/√2 (|01>+|10>)の場合
30:49 1/√2 (|01>−|10>)の場合
30:50 1/√2 (|10>+|11>)の場合
32:12 1/√3 (|01>+|10>+|11>)の場合
32:48 1/√3 (|00>+|10>+|11>)の場合
33:13 1/√3 (|00>+|01>+|11>)の場合
33:33 1/√3 (|00>+|01>+|10>)の場合
34:06「分離可能」な状態と「分離不可能」な状態1
34:46 1-qubit, 2-qubitの状態を図形で表す
36:49 ベクトルのテンソル積とn-qubitsの状態の基底
43:26 2-qubitsの状態の観測
「部分的観測 2-qubitの状態の観測」の目次
00:00 部分的な観測2-qubitsの状態の観測
05:38 |GHZ>=1/√2 (|000>+|111>)の場合
05:58 EPRペア
08:02 EPRペア 1/√2 (|00>+|11>) の観測
12:00 EPRペア 1/√2 (|01>+|10>) の観測
14:28 EPRペア まとめ
第三話:「量子の状態の変化を量子ゲートで追跡・理解する」の目次
0:00 はじめに
05:33 量子ゲートとユニタリ行列
06:29 1-qubit ゲート
09:19 1-qubitゲートを直列に組み合わせる
10:52 2-qubits ゲート
14:58 二つの1-qubitのゲートを、並列に組み合わせて2-qubitsゲートを作る
15:11 2-qubitsゲート サンプル 1自明な2-qubitゲート
18:31 2-qubitsゲート サンプル 2ゲートZとゲートXを、並列に組み合わせる
21:56 2-qubitsゲート サンプル 3CNOTゲートとControl-Uゲート
26:36 2-qubitsゲートの行列表示
27:34 行列のテンソル積
第四話:「エンタングルメントを生み出す量子回路」の目次
00:00 はじめに
00:51 Bell State ゲート
08:49 Bell State を計測するBell Measure Gate
09:49 Bell State GateとBell Measure Gate
12:24 積 ⨂ と積 ∘ で量子回路のdiagramを記述する