全体概要
本セミナー「Post Deep Learning」は、2018年1月31日に開催されたMaruLabo技術セミナーであり、人工知能・機械学習の歴史的系譜を丁寧に辿りながら、Deep Learningの到達点とその先に広がる知的地平を探求する意欲的な講義です。
冒頭でAlan Turingの「Can machines think?」という問いが提示されるように [p.2]、本セミナーはAIという営みの根本的な問いかけから始まります。Chomsky、Voevodsky、Turingという三者の肖像が並べられる構成 [p.1] は、言語・論理・数学の基礎論が本講義の精神的支柱であることを示しています。
講義はPart Iからpart IVまでの四部構成を取ります [p.8]。Part Iでは1930年代から現代に至るAI研究の歴史を、Church、Turing、Chomsky、Simon、Minsky、Rosenblatt、Hintonらの仕事を軸に概観します。Part IIでは生物・進化・神経科学・言語遺伝子という「なぜ人間だけが言語を持つのか」という問いに迫ります。Part IIIではChomsky最小主義プログラム(Minimalist Program)とMerge操作を軸とした言語の形式理論を詳述し、AlexaのIntent/Slotモデルへの応用まで議論します。Part IVでは、Church-Howard対応、Martin-LöfのDependent Type Theory、Coqによる証明支援、そしてVoevodsky のHomotopy Type Theory(HoTT)とUnivalent Foundationsへと至る数学的基礎論の最前線を紹介します。
本講義の核心的なテーゼは、「Post Deep Learning」の時代において求められるのは、単なるパターン認識能力の向上ではなく、人間の言語・推論・数学的思考の本質を形式的に捉える理論的基盤の構築であるという主張です [p.16]。Deep Learningの驚異的な成功を認めつつも、その限界を直視し、言語学・論理学・型理論・ホモトピー理論という異分野の知的遺産を統合することで、真の知性の解明へと向かう姿勢が、本セミナー全体を貫く精神です。
講義のロードマップ
ここでは、セミナーの講演資料がどのようなパートから構成されているかを示します。また、それぞれのパートのポイントを紹介します。
■ Part I: AI・機械学習の歴史
1930年代の計算可能性理論の勃興から、2012年のDeep Learning革命、そしてKnowledge GraphやSchema.orgに至るまでの約80年のAI史を一望します。「記号処理(Symbolic AI)」と「コネクショニズム(Connectionism)」という二つの潮流の対立と発展を軸に、各時代の主要な知的ブレイクスルーが丁寧に解説されます [p.10–p.22]。Deep Learningの現状成果を踏まえ、「Post Deep Learning」への問題意識へと議論が接続されます [p.16]。
■ Part II: 生命・進化・言語の起源
「なぜ人間だけが言語を持つのか(Why Only Us?)」というChomsky的問い [p.3] を生物学的・神経科学的に追求します。遺伝子・神経・進化という観点から言語能力の基盤を探り、Biolinguisticsという研究領域の概要を示します [p.197–p.202]。
■ Part III: 言語の形式理論とConversational AI
Chomsky「Minimalist Program」を中心に、言語の形式的構造を「Merge」操作という単一の再帰的演算として定式化します [p.322]。この理論がAmazon AlexaのIntent/Slot設計に応用される具体例を通じて、形式言語理論と実用AIシステムの橋渡しが図られます [p.323, p.369–p.389]。
■ Part IV: 数学的基礎論の最前線
Church-Howard対応(命題=型、証明=項)を起点に、Martin-LöfのDependent Type Theory、Coqによる定理証明支援、そしてVoevodskyのHomotopy Type Theory(HoTT)とUnivalent Foundationsへと至る現代数学の基礎論的革新を解説します [p.402–p.408]。数学の厳密性の危機と計算機による証明検証の必要性が本Partの問題意識です [p.483–p.484]。