講演資料
講義資料スライドの表紙です。スライド画像、または下の要約文中の青いページ番号リンクをクリックすると、別のタブで無駄なノイズのない、純粋なPDFビューア画面が起動し、指定されたページへ直接ジャンプして快適に閲覧できます。
全体概要
本セミナーは、チューリングが1950年代に提起した「機械は考えることができるか?」という問いを出発点として [p.2]、人工知能研究の70年の歴史を振り返りながら、「計算主義」という哲学的・数学的アプローチを軸に、人間と機械の知的能力の本質を探求するものです [p.5], [p.6]。
中心となる視座は「計算主義」です。人間の「知能」の本質を「計算」として抽象することで、その実装がシリコンであれタンパク質であれ、「していることは同じである」と考えられ、機械と人間は等値されうる、というのがその核心的な主張です [p.5], [p.6]。この抽象化のもとで、人間にできることは機械にもでき、逆もまた然りであるという強力な命題が成立します。
しかし本セミナーは、この「計算主義」の立場を単純に肯定するわけではありません。まず「計算可能性理論」(Church-Turing Thesis)によって「原理的に計算不可能なもの」が存在することが示され [p.150], [p.167]、続いて「計算複雑性理論」によって「計算可能ではあるが現実的に手に負えないもの」が精緻に分類されます [p.183], [p.184]。さらに80年代以降の量子コンピュータの登場は、計算可能性概念を「物理化」し [p.212], [p.213]、Googleによる量子超越性の実証(2019年)は「拡張されたChurch-Turing Thesis」が成立しないことを示しました [p.238], [p.239]。これは古典的な計算主義の見直しを迫る決定的な転換点です。
そして最新の到達点として、2020年に発表された「MIP*=RE定理」が紹介されます [p.251]。エンタングルメントで結びついた量子機械の計算能力が、帰納的可算集合全体(RE)、すなわち停止問題と同等にまで及ぶことを示したこの定理は、計算科学・量子力学・純粋数学にまたがる射程を持ちます [p.257]。そしてこの定理が示すInteractive Proofのモデルは、単に能力の高い機械が人間を超えることを意味するのではなく、人間と量子マシンが対話を通じて共生することで、系全体としての認識能力が拡張されるという、楽観的かつ深い人工知能論を提示します [p.7], [p.271]。本セミナーはその知的旅程を、Deep Learningの実績の紹介から始め、数学的理論の核心を経て、この最前線の問いに至るまで、重厚かつ丁寧に描き出します。
講義のロードマップ
■ はじめに: チューリングの予言と計算主義の射程
- この部の核心:
チューリングの「機械の思考」についての予言が的中した現在、改めて「機械の思考の到達可能な範囲」を問い直すことがセミナーの出発点となります [p.2], [p.3]。「計算主義」とは人間の知能の本質を「計算」として抽象するアプローチであり、その限りで人間と機械は等値されます [p.5], [p.6]。同時に、量子超越性やMIP*=RE定理は、この古典的等値関係を揺るがす最新の知見として提示されます [p.7]。
- 論理展開:
- チューリングは「機械の知性」を「異端」と感じていたが、現在では「機械の思考」を語ることは常識となった [p.3]
- 「計算」を入出力の変換「機能」と見ることで実装を捨象でき、そろばんもスパコンも原理的に同値となる [p.5]
- 計算可能性理論・複雑性理論が、人間=機械の「計算能力」の可能性と限界を分析する数学的道具となる [p.6]
- 量子超越性とMIP*=REは、古典的計算主義を超えた人間と機械の「共生」モデルへの展望を開く [p.7]
■ Part I: 人工知能技術の10年
- この部の核心:
2012年のDeep Learning爆発から2020年のGPT-3に至る約10年間の印象的な達成を概観し、ニューラルネットワークが持つ能力とその限界を具体的に示します [p.8], [p.12]。「生物のニューラルネットをモデルとするアプローチ(コネクショニズム)」と「計算能力をモデルとするアプローチ(計算主義)」という、知能論の二つの対比的な立場が提示されます [p.113]〜[p.117]。
- 論理展開:
- GPT-3(2020年): 物理学者との対話で最初の二問には見事な答えを返したが、根底にある理由を問われるとループに陥った。この対話はGPT-3の「知性」の範囲を探るInteractive Proofとして解釈できる [p.14]〜[p.23]
- RNN・LSTM(2011年〜): Sutskeverらによる文章生成、Karpathyによる数学論文・Cプログラムの模倣生成は驚異的だが、図形の生成はできないという限界も明確に示された [p.25]〜[p.80]
- DNC(2016年): 外部メモリへの読み書きアクセスを持つ微分可能なニューラルコンピュータ。質問応答・グラフ・ブロックパズルに挑んだが、帰納推論や位置推論には苦手さが見られ、スケール性にも課題がある [p.32]〜[p.51]
- Google機械翻訳(2016年): エンコーダ・デコーダ・アテンション機構を持つGNMTは「言語横断的なインターリンガ表現」の証拠を示し、零ショット翻訳を可能にした [p.52]〜[p.64]
- 2012年の爆発: Google DistBeliefによる教師なしネコ・顔学習、AlexNetのImageNet圧勝、ディープラーニングによる音声認識が同年に集中して登場した [p.91]〜[p.102]
■ Part II: 計算可能性理論と計算複雑性理論
- この部の核心:
「計算主義」を数学的に基礎づける二つの理論を展開します。計算可能性理論(Church-Turing Thesis)が「原理的に計算できないものの存在」を示し [p.149], [p.167]、計算複雑性理論が「計算可能だが現実的に手に負えないものの精緻な分類」を行います [p.183], [p.184]。これらは「計算する知能」の可能性と限界を数学的に分析する、人工知能論の根幹的道具です。
- 論理展開:
- ゲーデルの不完全性定理(1930年): ヒルベルト・プログラムへの応答として登場し、任意の無矛盾な形式体系の中には証明も反証もできない命題が存在することを示した。これは「証明とは何か」「計算とは何か」という基本的問いへの探求を促した [p.151]〜[p.157]
- Church-Turing Thesis: ゲーデルの帰納関数論・チャーチのラムダ計算・チューリングマシンという異なるアプローチが同値であることが示され、「計算可能なものは帰納的である」という命題が定式化された [p.158]〜[p.170]
- 停止問題と帰納的可算: 帰納的(全入力で停止)と帰納的可算(肯定例でのみ停止保証)の区別が計算不可能性の境界を画する [p.163]〜[p.169]。Busy Beaver問題はBB(7910)が集合論ZF内で決定不能であることが証明されるなど、有限だが手の届かない数の存在を示す [p.174]〜[p.177]
- 計算複雑性理論(1970年代〜): Cook-Levin定理によるSATのNP完全性の証明 [p.197], [p.198]、Karpの21問題による還元の手法の確立 [p.200], [p.201]。PとNPの関係は未解決のままであり、「難しい計算が易しい計算に還元できないこと」の証明がP=NP?問題の核心となる [p.187], [p.207]
■ Part III: 量子コンピュータと計算科学——量子複雑性理論
- この部の核心:
ファインマンによる量子コンピュータ概念の提唱に始まる「計算可能性の物理化」の流れを概観し [p.211], [p.212]、ショアのアルゴリズム [p.227], [p.228]、Googleの量子超越性実証 [p.236]、そして2020年のMIP*=RE定理 [p.251] という三段の跳躍を示します。特にMIP*=REは計算複雑性・量子力学・純粋数学の交差点に位置し、Interactive Proofというモデルを通じて「人間と機械の共生」という人工知能論の新地平を開きます [p.267]〜[p.271]。
- 論理展開:
- Church-Turing-Deutsch Thesis(1980年代): ドイッチェは計算可能性を「物理的過程」として再定義し、量子Turingマシンを導入した。「情報過程=物理過程」という思想がこの転換の核心である [p.212], [p.213], [p.215]
- 拡張Church-Turing Thesis: 「あらゆる物理システムの計算はTuringマシンで多項式時間で再現できる」という命題は、量子超越性の実証によって成立しないことが示された [p.216], [p.238], [p.239]
- ショアのアルゴリズム(1994/1997年): 素因数分解が量子コンピュータ(BQP)で多項式時間で解けることを示し、RSA暗号の基盤を揺るがした。ただしNP完全問題の解決ではなく、BQPはNP完全とは別のクラスに位置する [p.227]〜[p.231]
- MIP*=RE(2020年): エンタングルメントを共有する複数の全能量子証明者と古典検証者の対話(MIP*)が、帰納的可算集合全体(RE)、すなわち停止問題と等価であることを証明。コンヌ埋め込み予想の反証、ツィレルソン問題の否定的解決も副産物として得られた [p.251]〜[p.257]
- Interactive Proofと人工知能論: IPのモデルは「能力の低いArthurが嘘つきMerlinと対話して色を知る」という問題として直観化できる [p.265], [p.266]。MIP*のモデルは、人間(古典的Turingマシンと同等)が量子マシンとの対話を通じて認識能力を拡張するという「人間と機械の共生」の枠組みを提供する [p.270], [p.271]
