講演資料


講義資料スライドの表紙

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全体概要

本セミナーは、「人工知能の歴史を振り返る」と題し、1950年のチューリングによる問題提起から2017年の最先端技術にいたるまで、約70年にわたる人工知能研究の軌跡を体系的に俯瞰するものです。丸山不二夫氏が構成するこの講義の中心的な「問い」は、チューリングが1950年に発した「機械は考えることができるか?」というシンプルかつ根源的な命題が、技術的・哲学的にどのような道筋を経て現在の形に結実したか、という点にあります。

AIの歴史は決して直線的な進歩の物語ではありませんでした。1957年にサイモンが「10年以内にコンピュータがチェスの世界チャンピオンになる」と豪語した楽観論は悉く外れ、1972年には「外国語翻訳機の実現はほとんど絶望的」と断言する懐疑論が台頭し、巨額の国家プロジェクトも期待に応えられず終わるという「冬の時代」を繰り返してきました。その一方で、チョムスキーの生成文法、ロビンソンの導出原理、ミンスキーのフレーム理論、ルメルハートらの並列分散処理など、基礎的な知的営みが着実に積み重ねられてきました。

そしてその臨界点となったのが2012年です。Googleの教師なし学習によるネコ・顔認識、AlexNetによるImageNetコンテストでの圧勝、そして音声認識へのディープラーニング応用という三つの出来事が重なり、ニューラルネットワーク上のディープラーニングが現代AI技術の中核の座を占めるに至りました。2016年にはGoogleのニューラル機械翻訳が以前比58〜87%の改善を達成し、石田晴久が「絶望的」と断言した機械翻訳の夢は現実のものとなりました。

講義の締めくくりでは、感覚・運動的外界把握、言語能力、文字による知識集積、数学的対象認識という「人間の認識の発展の階層」にAI技術を対応付け、現在の技術的達成と残された課題を整理します。機械学習・ディープラーニング・自然言語処理・論理的推論という複数の流れが統合されていく先に「未来の人工知能」があると示唆する、歴史的俯瞰と技術的展望を兼ね備えたセミナーです。


講義のロードマップ

■ Part 1: チューリングの問題提起と展望(1950年)

  • この部の核心:

現代AI研究の出発点として、アラン・チューリングが1950年に発表した論文「Computing Machinery and Intelligence」を位置づけます。「機械は考えることができるか?」という問いに対する判定基準として「チューリング・テスト」を提案し、「今世紀の終わりには矛盾なく『機械の思考』について語れるようになる」という50年先を見通した展望を示した点が核心です。[p.2], [p.3], [p.4]

  • 論理展開:
  • チューリング・テストの定義:テレタイプ越しに会話し、相手が人間か機械か判断できなければ、その機械は知能を持つとみなす。[p.3]
  • テストの具体例として、詩作・計算・チェスの指し手が提示され、現時点での達成度が「○/?」で評価されている。[p.5], [p.6]
  • チューリングの予言(「50年以内に70%を超えない正解率でプログラム可能」)については、2017年時点で概ね妥当と判断できると講師は述べています。[p.4], [p.7]


■ Part 2: 第一次AIブームと楽観論・懐疑論の対立(1955〜1974年)

  • この部の核心:

チョムスキーの生成文法(1955〜56年)、ロゼンブラットのパーセプトロン(1958年)、サイモンの楽観的予言(1957年)が相次いで登場した後、実際の研究進捗がその期待に追いつかず、1970年代に強烈な懐疑論と批判が噴出する流れを描きます。[p.8][p.24]

  • 論理展開:
  • チョムスキーは1955年に論理構文・意味論の言語学への適用を「幻想」と批判し、1956年に正規・文脈自由・文脈依存・再帰的列挙可能という「チョムスキー階層」を提示した。[p.9], [p.10]
  • サイモンは「10年以内にチェス世界チャンピオン誕生・重要数学定理の発見・芸術的音楽作曲・心理学理論のプログラム化」を予言したが、いずれも期限内には達成されず、チェスはIBM Deep Blueが1997年にようやく実現した。[p.12], [p.13]
  • パーセプトロンは1960年代にニューラルネットブームを起こしたが、ミンスキーらによる「線形分離可能なものしか学習できない」との批判で下火となった。[p.14], [p.15]
  • 1959年、ヒューベルとウィーゼルが猫の視覚野実験を行い、後のCNNの神経科学的基盤を提供した。[p.16]
  • 1965年、ロビンソンが導出原理(Resolution Principle)を発表し、第一階述語論理に基づく機械証明の理論的基盤を確立した。[p.17], [p.18]
  • 1972年、石田晴久は「計算機が考える機械でないことはっきりした。外国語翻訳・音声認識の実現もほとんど絶望的」と全否定した。[p.20]
  • ホフスタッターは「テスラーの定理」を紹介し、「人工知能とは、いまだなされていない事すべてである」と皮肉った。[p.21]
  • ミンスキーは1974年にフレーム理論を発表し、ステレオタイプ的状況をノードとスロットのネットワークで表現する知識表現の枠組みを提示した。[p.22], [p.23], [p.24]


■ Part 3: 第五世代コンピュータと第二次ニューラルネットブーム(1982〜1992年)

  • この部の核心:

日本が国家プロジェクトとして約540億円を投じた「第五世代コンピュータ計画」(1982〜1992年)を取り上げます。並列推論型コンピュータと知識情報処理を目指したこの挑戦の成果と限界、および同時期にルメルハートらが起こした並列分散処理(PDP)による第二次ニューラルネットブームを対比的に論じます。[p.25][p.29]

  • 論理展開:
  • 第五世代コンピュータは「推論エンジン+知識ベース+並列推論マシン」という概念図のもと、11年間・540億円を費やしICOTにより推進されたが、1992年の最終評価で技術目標の中心を並列推論型コンピュータの試作に置くにとどまった。[p.26], [p.27]
  • 1986年、ルメルハートとマクレランドが「並列分散処理(PDP):認知のマイクロ構造の研究」を出版し、神経処理の最初のテスト可能なモデルを提供、認知科学の中心的テキストとなった。[p.28], [p.29]


■ Part 4: Googleとデータ駆動型AI、ディープラーニングの台頭(2004〜2012年)

  • この部の核心:

Googleの登場(2004年)がAI観をデータ駆動型・検索中心へと転換させ、IBM Watsonのクイズ番組制覇(2011年)、Facebookのソーシャルグラフ戦略(2012年)、Google Knowledge Graph(2012年)という流れの後、2012年に「ディープラーニング元年」とも呼ぶべき三つの出来事が重なり、現代AI技術の主軸が確立されるまでを描きます。[p.30][p.40]

  • 論理展開:
  • ラリー・ペイジは「Googleの最終バージョンは人工知能になるだろう」と繰り返し述べ、検索とAIを同一視する哲学を示した。[p.31]
  • 2011年、IBM Watsonがクイズ番組Jeopardyで人間チャンピオンを破った。[p.32]
  • 2012年、Google DistBeliefが教師なしでネコ・顔の概念を学習し、AlexNetがImageNetを圧勝、トロント大+Microsoft+Google+IBMの音声認識論文がディープラーニングの優位性を示した。[p.37]
  • HintonらのAlexNetのアーキテクチャは、視覚野の階層的フィルタリング(Hubel-Wiesel実験に呼応)をCNNとして実装したものである。[p.39]
  • 2012年の音声認識論文(Hinton et al.)はディープラーニング手法が従来方式をはるかに凌駕することを実証した。[p.40]


■ Part 5: ニューラル機械翻訳とDifferentiable Neural Computer(2016〜2017年)

  • この部の核心:

2016年にGoogleが投入したニューラル機械翻訳(GNMT)が以前の統計的機械翻訳(PBMT)比で58〜87%の改善を達成し、「外国語翻訳は絶望的」という1972年の断言を覆しました。さらに、Alex GravesのDifferentiable Neural Computer(DNC)が論理的推論という新たな領域に挑む技術として紹介され、ディープラーニングの次なる展開が示されます。[p.41][p.48]

  • 論理展開:
  • GNMTは英語→スペイン語で平均スコア4.885→5.428(人間5.504)と大幅改善、英語→スペイン語での500サンプル評価では得点分布が人間翻訳に近接した。[p.42], [p.43]
  • DNCはニューラルネットのコントローラーに読み書き可能な外部メモリを組み合わせたアーキテクチャで、ロンドン地下鉄路線の最短経路探索や「JohnはどこにいたかBeforeキッチン?」式の事実追跡推論を実現した。[p.46], [p.47], [p.48]
  • CNNが感覚・運動系、RNNが言語シーケンス処理に強みを持つのに対し、DNCは論理的推論という第三の領域に挑む位置づけにある。[p.44]


■ Part 6: 人工知能研究のパースペクティブ(総括)

  • この部の核心:

人間の認識の発展を「感覚・運動的外界把握→言語能力→文字による知識集積→数学的対象認識」という四層の階層として捉え、それぞれに対応するAI技術(画像認識・自動翻訳・Knowledge Graph・論理推論等)を整理します。現在のAI技術を構成するA〜Eの複数の流れが示され、それらの統合の先に「未来の人工知能」があると締めくくります。[p.49][p.53]

  • 論理展開:
  • 人間の認識の階層モデルと対応するAI技術:感覚・運動層→画像認識・自動運転・ロボット、言語層→自動翻訳・Speech2Text・Bot・初等的推論、知識集積層→検索・Knowledge Graph、数学的対象層→未到達領域。[p.50], [p.51]
  • 現在のAI技術は(A)機械学習、(B)知識・推論・対話システム、(C)ディープラーニング、(D)自然言語処理、(E)数学的・論理的推論という五つの流れで構成される。[p.52]
  • これらの統合が「未来の人工知能」へと向かう方向性として提示され、次回セミナー(5/31、DNC解説)への橋渡しで講義を締める。[p.53], [p.54]